ければ――」
「車掌を呼ぼう。車掌を」
 紳士が立上った。
「まあ、お待ちなさい」
 フリント君が制した。
「だって、あんまりじゃありませんか」
 と紳士は中腰のまま、息もつけない程憤慨していた。「なんだ、そんなものが鳥渡《ちょっと》毀れたと言って何だ、失敬な」
「おや、そんなことを仰言るなら、綺麗に形を付けて下さるんでしょうね」
「幾らだ」
「六十弗」
 憤然として紳士は隠しへ手を突っ込んだ。フリント君は其の手を押さえた。
「馬鹿馬鹿しいじゃないですか」
「なあに、引っかかりです。女の児が可愛そうです。それに安いもんでさあ――」
 フリント君は女の方を見た。窓に額をつけて暗い外を見ていた女は、ちら[#「ちら」に傍点]とフリント君に哀願の眼《ま》なざしを送った。
「宜しい」とフリント君は蝦蟇《がまぐち》を探した。「私が出しときましょう」
「飛んでもない、私があの時計を買おうと言い出したんですから――」
「いや、是非私に買わして下さい。私が始め口を出したのだから――」
 暫らく紳士的に争った末、何方《どっち》からともなく半分ずつ出し合うことに妥協した。フリント君の三十弗に自分の三十弗を合
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