って、無理に娘の傍へ腰を下ろそうとした。サンドウイチか何かつつましやかに食べていた女は、恐怖と困惑に狼狽して急いで立上ろうとした。
「あ、やったな」と青年が怒鳴った。
「あら、御免下さい。私ほんとに、何うしましょう。つい、何の気なしに押したんですもの」
「何の気なしに? へん、それで済むと思うか。そら、見ろ、こんなに滅茶滅茶に毀れたじゃないか」
上衣の隠しから彼は時計を出して、娘の前へ突きつけた。よろめきながら豪い権幕で彼は怒鳴り続けた。「何うするんだ。おい、何うして呉れるんだ」
娘は火のように赤くなった。今にも泣出しそうにおろおろしていた。中世紀の騎士の血を承《う》けているフリント君は気がつく前に立ち上っていた。
「君、君、何だか知らないが言葉使いに気を付け給え、相手は女じゃないか」
「何だと、こりゃ面白い」
と青年はフリント君のほうへ向き直った。「言葉なんか何の足しにもならねえ。俺は只、時計の代を六十|弗《ドル》この女から貰えばいいんだ」
「何んなにでもお詫びしますから、御免下さいな、ね、ね」
「いんや、不可《いけ》ない。六十弗で此の毀れた時計《やつ》を買って呉れるか、さもな
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