ら、一つ吸わせて戴きます。あ、お嬢さん」と彼は娘に声を掛けた、「煙草のにおいがお嫌いじゃないでしょうね」
「あの、何卒《どうぞ》お構いなく」娘は赫《あか》くなって下を向いた。その生《う》ぶな優しさがフリント君の心を捕えた。彼女の林檎《りんご》のような頬、小鳥のような眼、陽に焼けた手、枯草《ヘイ》の香りのするであろう頭髪、そこには紐育の女なぞに見られない線の細《こまか》い愛らしさがあると、フリント君は思った。ラカワナに玉突場を持っているという紳士は問わず語りに、昔この辺は黍強酒《コウンウイスキイ》の醸造で有名だったことや、それが禁酒《ドライ》になってからは下着や女の靴下なぞの製造が盛んになって、自分が今紐育へ行くのも、近く設立される工場の用だ、ということなぞをぼつぼつ話していた。話は途絶え勝で、フリント君は大っぴらに欠伸をした。気の置けない小都会の世話役らしいこの男の淳朴《じゅんぼく》さがフリント君の気に入った。
「ここが空いてるじゃねえか」
突然《だしぬけ》に大きな声がして、無作法な服装をした青年が、よろよろしながら、向うの客車から這入ってきた。酔っているらしかった。何か喚くように言
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