ばしそうな勢だった。それでも、バファロウの街の遠明りが闇に呑まれて、汽車が唐黍《とうきび》の畑に沿って、加奈陀《カナダ》との国境を走出した頃には、フリント君も少しずつ、諦め始めて、隅の座席に腰を据えて新刊の『科学的犯罪の実例』を読み出した。小さい停車場の灯が矢のように窓の外を掠《かす》めていた。月のない晩だった。狭い特別室にはフリント君とフリント君の影とが、車体の震動につれて震えているばかりだった。明日の朝七時三十二分には紐育へ着く――。
何の位い眠ったか解らない。ふ[#「ふ」に傍点]と眼が覚めると、汽車は平原の寒駅に止まって、虫の声がしていた。何時の間にか、田舎ふうの紳士がフリント君の前に座って、旅行案内を見ていた。
「ここは何処です」とフリント君が訊いた。
「ラカワナです。どちらまで?」
「ええ、紐育へ帰るんです」
「私も紐育までです、お供させて戴きましょう。何うもこの夜汽車の一人旅というやつは――」
紳士は葉巻《シガア》を取出した「一つ如何です?」
十七八の田舎娘が慌て這入って来て、向うの席に着くと、汽車は動出した。
「そうですか、葉巻はやらないですか、若し御迷惑でなかった
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