ずうっ」に傍点]とお湯屋の番台にすわっているおとめちゃんのことを思いつづけた。親方のおかみと何かあっても、恐らくは平気でこうであろう茂助は、何もなくても平気でそうだった。ただ変化と言えば、にきびが熟して黒くなったり、穴があいたりしただけだった。

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 で、きょうというこの日である。
 茂助が風呂から帰ってきたとき、茶の間は真くらだった。いつものとおり縁側から上って、濡れ手試いを釘へかけて、茂助は茶の間へ這入って行って電燈を捻《ひね》った。すると、茂助があっけにとられたことには、例の長火鉢のむこうにお八重が横すわりに崩れて、暗いなかにひとりで酒を呑んでいる。
「あ! びっくりした。何だ、おかみさんだね。どうしたんだね、灯《あか》りもつけずに」
「誰だ、もす[#「もす」に傍点]さんかい。もす[#「もす」に傍点]さんだね。暗くってねえ、済みませんでしたよ」
「ああれ、また酒だ」
「また[#「また」に傍点]ってのは何だよ、または余計じゃないか。何年何月何日にあたしがそんなにお酒を呑みました?――まあさ、お据《すわ》りよ、もすさん」
「え。ちょっと――親方は?」
「そこに
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