一つ突いたんだろう」
「誰を?」
「もす[#「もす」に傍点]さんをさ、滑るところを」
「何を言やがる! 助かるものなら助けてえって下の娘を覗いてやがるから、おれが――」
「突いたんだ。ついたんだ、やっばり突きおとしたんだ!」
「ばか言え!」
 峰吉は土いろをしていた。一生懸命だった。袴へ片足入れたまま、羽織の袖をひろげて茂助の滑る真似をして見せた。それは、いまにも泣きだしそうな不思議な顔だった。
「こうよ――いいか――こう滑って、足をはずして――こう廻ってな、な、こう――いいか、こう――」
「突き落したのかい」
「そうじゃねえってのに! ただこう右足が左足に絡んでよ――いいか、こう転がってよ――」
「もういいじゃないの。何だなえ、嫌だよ、へんな恰好をして――わかったっていうのに」
 お八重はとうとう笑い崩れた。きょとんとして、峰吉が首すじの汗をふいていると、いきなり御めんと障子があいて、巡査が顔を出した。
「あ! 旦那!」峰吉は尻もちをついた。
「何です、にぎやかですねえ。あ、これね、署長があんたへ渡すようにと――なに、表彰文だよ、校長さんに書いてもらったんでね、あんたが式で読むんだそ
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