ゃあ見ていたわけじゃねえから――」
「うそ、うそ、うそ! そりゃあうそ[#「うそ」に傍点]だ」
「――?」
「それ御らん。あんた、何も言えないじゃないか」
「それが、だからよ、おりゃあ見てたわけじゃなし――」
「お湯屋のおとめちゃんが死んでお気の毒さま」
「何を言ってるんだ」
「けどねえ、おとめちゃんともす[#「もす」に傍点]さんとは惚れあってた仲なんですからね」
「だからよ。心中だろうってみんなも言ってるじゃねえか。止《よ》せ。面白くもねえ」
「そらね、二人が心中したというと直《す》ぐ怒る」
「てめえこそもす[#「もす」に傍点]のこととなると嫌にしつこいじゃねえか。そのわけをあとで聞くからな、返答を考えとけ」
「わけも何もあるもんか。一つお釜のご飯を食べてた人が死んだんだから――それに、心中でもないものを心中だなんて!」
「こら! 口惜しいかよ、お八重」
「くやしかないさ。口惜しかないけど――おとっつぁんもあんまりじゃないか。死人に口なしだと思って――」
「だからよ、誰も心中だとは言い切ってやしねえ。心中のようなものかも知れないと――」
「ようなものもあるもんか。ふん! 自分が殺しと
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