約の成文だったとも伝えられているが、いまだに判然しない。しかし、このために、欧州大戦に際して、ロシアはドイツにたいして、軍略上ひじょうに不利な立場に置かれたといわれている。

 アイヒレルという密偵部員の一人が、その夜やはりドロテイン街の家に詰めていた。ほかの連中がベルトから出た書類を地下室へ持って行って撮影している間、アイヒレルは寝台の上に昏睡《こんすい》状態にあるメリコフを張番していた。メリコフの所持品はすべて着衣から取り出されて傍《かたわ》らの小卓の上に並べてあった。アイヒレルは、指紋がつかないように手袋を穿《は》めて、その一つ一つを検査していたが、そのうち、ふと眼に止まったのは、メリコフの万年筆だった。それは明らかに必要以上に太い物だった。不審を打って分解してみると、はたしてインキのタンクにあたるところから上等の日本製薄紙に細字で書いて小さく巻いた密書が出てきた。これもさっそく写真に撮って、すぐ万年筆の中へ返しておいた。その時はなんだかわからなかったのだが、これは、先の革帯《かわおび》から出た本文の暗号を読む鍵語《キイ》で、これがなくては、その複雑きわまる暗号文はとうてい読みえ
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