。大いに飲んだ。あのデスクリプションには一つたらないところがあった。この前近衛中隊長殿は猛烈な酒豪だ。「魚が水を飲むごとく酒を呑《の》む」という一項を挿入《そうにゅう》する必要があるとフォン・リンデン伯爵夫人は思った。なかなか酔わないのだ。心《しん》がしゃん[#「しゃん」に傍点]としていて、ときどき思い出したように、そっと片手をテーブルの下へ遣《や》って短衣《チョッキ》の上から腹部のあたりを押してみたり、撫《な》でてみたりしている。あそこに秘密の腹帯《ベルト》をしているのだな、と夫人はこっちからさり気なく白眼《にら》みをつけている。
いっそう酔い潰《つぶ》しにかかった。
いっそう酔い潰しにかかったが、いっこうにきき目が現われない。仕方がない。こいつを床へ送るためにはもっと強い飲物が必要である。フォン・リンデン伯爵夫人と、給仕に出ていた執事《しつじ》との間に素早い眼配《めくば》せが交された。つぎに運ばれてきた火酒《ウォッカ》の壜《びん》からは、相手にだけ奨《すす》めて、自分は飲む態《ふり》に止めておくように、夫人は、眼立たないように注意した。三十分もすると、ギリシャ正教徒の生ける屍
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