いるのは、同じく死だ。二つの死の間に立って、マタ・アリは、やはりスパイらしい死を選んでいる。

 同年四月九日|払暁《ふつぎょう》を期して、ニヴィイユ元帥は全軍を躍らせて総攻撃に移る。シャンパアニュの原野。ところが、マタ・アリの予報で待ちかまえていたのだからたまらない。用意なしと見たドイツ軍に大準備ができていて、猛烈な逆襲に遭《あ》い、連合軍はさんざん敗北。いちじは、大戦そのものの運命をさえ決定しそうに見えた。
 自室の窓際に椅子を引いて、マタ・アリが、裸体で日光浴をしているとき、同月十六日の朝だった。ノックもなしにドアが開いて三人の男がはいって来る。
「H21! 着物を着て一緒に来い。」
 マタ・アリは愕《おどろ》かなかった。ただ、取り縋《すが》るような視線を一行の首領らしい男に向けた。
「別室で着物を着たいんですけれど――。」
 もちろん、許されない。首領の監視の下《もと》に裸体を包みながら、マタ・アリは忙しく考えている。H21とドイツ密偵部の番号で呼ばれたことだけで、彼女は最後の時が来たことを知った。他の二人は、アパアトメントじゅうを家宅捜索を始めている。マタ・アリは、着物を着《
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