に関する話題を持ち出してはいけなかった。先方がそれに触れても、彼女の方で避けなければならなかった。それは、マタ・アリが彼の敵でないことを、ベルリンでは知り抜いていたからだった。ほかの人間ならとにかく、この閣僚からなにか聞き出そうとして、しかも同時に、すこしも密偵の疑いを受けないということはできないだろう。それよりは、たんに友人として、これによってマタ・アリがパリーに滞在しうる最大|便宜《べんぎ》に止めておいた方が安全である。が、いまは、そんなことをいっていられない。「いかなる方法をもっても」というのは、H21にとって死を意味する。今日まで彼女は、捕縛《ほばく》された場合の一つのいいぬけを持っていた。あの大臣は私の恋人です、聞こうと思えば、なんでも聞きえたはずです、それなのに、私がスパイでない証拠には、そんな絶好な立場に恵まれながら、私はあの人に戦争に関してなに一つ話しかけたことはないではありませんか、と。しかし、今度でそのゆいいつの逆証もとおらなくなる。破れればただちに死だ。といって、ベルリンの命令に服従しないとすると、そっとフランスの官憲へ身柄を暴露されるにきまっている。そこに待って
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