英《えい》独《どく》仏《ふつ》伊《い》西《せい》の各国語に通じ、少しくビルマ語をも解す。兄はビルマ在住の貿易商。メリコフは反|独《どく》主義者として知られる。また英米をも嫌悪す。性格は迷信的にして、自家の宗教、主義、主張などに関しては、絶大なる狂信者なり。感激性に富み、女色を好む。騎士的。勇敢。買収の見込みなし。ドイツ人の仕事だけに、微に入り[#「微に入り」は底本では「徴に入り」]細を穿《うが》って調べてある。その外交郵便夫の人物に関して、これだけ予備知識があれば、十分だ。ずんと呑《の》み込んだフォン・リンデン伯爵夫人は、すっかり「甘やかされた奥様の役」に扮《ふん》して、途中のポウゼン駅から乗り込む。

 まあまあ、というようなことで、留《と》め男に割り込んで来たのが強そうな紳士だから、車掌は急に降参して、その場はそれですんでしまう。メリコフの扱いで、やっと車室の都合《つごう》がつく。フォン・リンデン伯爵夫人は、地獄で仏に――西洋のことだから神様だが――その神様に会ったように喜んでいる。悦《よろこ》びのあまり、こんなことを言った。
「どうぞベルリンでお暇がございましたら、ちょっとでもお
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