交上の重要物件を身に付けてもっていく。まあ、早飛脚《はやびきゃく》みたいなもので、どこの国でも、必要におうじてやっている。暗号は頻繁《ひんぱん》に切り換えることになっているが、その新しい鍵語《キイ》などはとても書留やなんかでは送れないから、そこでこの外交郵便夫というのが選ばれて、身をもって逓送《ていそう》の任に当る。常備のわけではない。たいがい、書記生どころの若い外交官を出すことになっている。
ところで、女密偵フォン・リンデン伯爵夫人が受け取ったドイツ外務省の通牒《つうちょう》である。ロシアの一外交郵便夫が、ニコライ・ロマノフの宮廷からパリーの大使館へ宛《あ》てた密書を帯びてドイツを通過するとある。それにたいするスパイの役目は、不言不語の裡《うち》にわかっている。フォン・リンデン伯爵夫人は、ちゃんと心得ていた。
その時、密偵部の首脳が、細かい区分けになっている書棚から一通抜き取って、黙って夫人に渡したという「|文字の肖像画《デスクリプション》」を見ると、
ルオフ・メリコフ――三十二歳、白系韃靼人《はくけいだったんじん》。ギリシャ正教徒《せいきょうと》。前|近衛《このえ》中隊長。
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