なほど、二人の話題に上《のぼ》らないでいる。
 そのかわり他の恋人群の間に機密を漁《あさ》った。ことに連合軍の将校に好意の濫売《らんばい》をやったから、報告材料には困らない。別れたあたしの良人《おっと》というのは、イギリスの士官でしたのよ――かつて一緒にインドへいったマクリイのことだ。嘘ではない。あどけない顔でこんなことを言うから、マタ・アリが、時に女性にしては珍しい軍事上の興味と知識を示してもだれも不思議に思わなかった。無邪気な笑顔で、急所にふれた質問をたくみに包んだ。休暇で戦線から帰って来ている軍人たちである。めいめい自分の、そして自分だけの情婦と信じ込んでいる女が、寝台の痴態《ちたい》において、優しく話しかける。時として、可愛いほど無智な質問があったり、そうかと思うと、どうした拍子《ひょうし》に、ぎょっとするような際《きわ》どいことを訊《き》く。こっちは下地に、豪《えら》そうに戦争の話をしたくてたまらない心理もある。みなべらべらしゃべってしまった。それがすべて翌朝暗号電報となって特設の経路からベルリンへ飛ぶ。当時のマタ・アリの活動は、まことに眼覚《めざ》ましかった。たださえパリー
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