て顔の合った三人、スパイの鉢《はち》あわせで、驚いた。
「やあ、君もか。」
「なんだ、君もそうだったのか。どうも眼つきのよくない奴が尾《つ》けて来ると思ったよ。」
「しかし吾輩は、君がそうとは気がつかなかったぞ。しょっちゅう[#「しょっちゅう」は底本では「しょっしゅう」]眠ってたじゃないか。」
「うん。心眼をあけてね。」
「どうだか。怪しいもんだぜ。隙《すき》だらけだった。」
「馬鹿言いたまえ。虚実の間を往《ゆ》くのがスパイの要諦《ようてい》なんだ。はっはっは。」
 なんかと、館員も加わって豪傑ぞろいのドイツ人のことだから、呵々《かか》大笑、がやがややっているところへ、ノックもなしに扉《ドア》が開いて、のそりとはいって来た人物を見ると、長身、筋肉的、砂色の毛髪、手筈《てはず》によれば、ソフィアで、同志H21に現《うつつ》をぬかしているはずの英少佐エリク・ヘンダスンだから、一同おやっと呆気《あっけ》に取られている。
 ひとりで舞台を攫《さら》ったヘンダスンは、得意時の人間の商人的馬鹿ていねいさで卓子《いす》へ近づいて、いきなりポケットから二通の書類を取り出して叩きつけた。
「紳士諸君」ち
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