ょいとドラマティックに見得《みえ》を切って、「この条約文の翻訳は不正確きわまるものですな。誤訳だらけですな。あんまりひどいんで、ちょっといま、族王《エミア》様にお眼どおり願って御注意申し上げておきました。族王《エミア》さまはたいそう怒っていらっしゃる。どうもドイツ人は怪《け》しからん。もうすこしアフガニスタン語を勉強したらいいじゃないか――。」
いまそこの金庫へ入れた革袋の中にあるとばかり思っていた「厳秘《げんぴ》」の二書を、エリク・ヘンダスンが持って来て、眼の前へ突きつけたのだ。この、西洋仕立屋銀次みたいな腕前に、敵ながらあっぱれと一同は舌を捲《ま》く。ヘンダスンはすっかり男をあげた。
ところで、H21はなにをしている?
5
ベルリン市ケニゲルグラッツェル街《シュトラッセ》七〇番。
ドイツ国事探偵本部。
H21はここへよび出されている。
風雲急。近づきつつある大戦の血臭を孕《はら》んで、ヨーロッパの天地はなんとなく暗い。かすかにかすかに、どこかで戦争の警鈴が鳴り響いている。空気は凝結して、じっと爆発の機会を待っているのだ。もう口火を切るばかりである。
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