きゃつ[#「きゃつ」に傍点]がここへ出て来たところをみると、同類が他地《ほか》でなにか遣《や》っているに相違ないと白眼《にら》んだのだ。思いあたるところがあるから、エリク・ヘンダスンは、その夜のうちにアフガニスタンへ飛ぶ。
 このアフガニスタンでのヘンダスンの劇的活躍こそは、ドイツ特務機関をして切歯扼腕《せっしやくわん》させたもので、この事件があってから、ヘンダスンの身辺はたびたび危険を伝えられた。それほど、ドイツ自慢の智能部が、ここではこの砂色の頭髪をした一英国人のためにあっさり鼻を空《あ》かされている。
 ドイツ政府は、アフガニスタンの族王《エミア》に秘密条約を申し込んでいた。幾|折衝《せっしょう》を重ねたあげく、ようやく仮条約締結の段まで漕《こ》ぎつける。外務首脳部のほかだれも知らない密約である。カイゼルの批准《ひじゅん》を得た草稿を帯びて、厳秘《げんぴ》のうちに、独立特務機関の有数な一細胞が、ベルリンを出発する。
 外交の秘密文書を逓送《ていそう》する。いわゆる外交郵便夫として本格的な場合である。なるだけ眼立たないように、特務室などは取らない。わざと一般乗客にまぎれこんで乗車す
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