と見える絹巻きの電線は、じつに隣室の聴取機《ディクタフォン》につうじていた。面白いのは、地下室の酒倉である。各国人の口に適《かな》うための一大ストックを備えていた。あらゆる種類の産地と年代のワインは元より、火酒《ウォッカ》、椰子酒《アラック》、コニャック、ウイスキイ、ジン、ラム、テキラ――それに、Saki まであった。このサキというのは、酒のことだ。ことによると、マタ・アリの手から、この「サキ」の饗応《きょうおう》を受けた日本の大官もあるかもしれない。
英国の密偵であるという嫌疑の深いエリク・ヘンダスン少佐をものにして、ある秘密を聞き出すべき内命を受けたマタ・アリは、いまソフィア地方へ急行しつつある。
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H21というのが、ドイツの間諜《かんちょう》細胞としての、マタ・アリの番号だった。彼女のとおり名だった。
このマタ・アリも英国の密偵エリク・ヘンダスン少佐には、みごとに手を焼いている。ヘンダスンという男は、イギリスの特務機関にその人ありと知られた敏腕《びんわん》家で、赭《あか》ら顔の、始終にこにこしている、しかし時として十分ぴりりとしたことをやってのける、
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