《ボウシン》が這入《はい》って来た。
「サアキイ、お前は殺人犯《ひとごろし》だと言うじゃないか」水夫長《ボウシン》が呶鳴った。
「大きな声を出すな」
と為吉は答えた。手は隠しの中に小刀《ナイフ》を探しつつ、がたがた[#「がたがた」に傍点]と震えていた。海への執着が彼を臆病にしていた。
「はっはっは――」と一運《チイフ》が笑い出した。「水上警察と傭船会社《エイジェント》からの無電《ワイヤレス》で船が呼戻されたのだぞ。警察へ護送される途中だったってえじゃないか、はっはっは」
何が何だか解らなくなった為吉の頭には、絞首台を取巻いて指の傷と小刀《ナイフ》が渦を巻いた。そして一方には其処に展《ひら》けかけた自由な海の生活があった。
「今水上警察の小艇《ランチ》が橋を離れたから、もうおっつけ役人が来るだろう」
真蒼になって為吉は寝台《パアス》の上に俯伏した。一運《チイフ》と水夫長《ボウシン》とが何か小声で話し合っていた。
「何うする?」と水夫長《ボウシン》の声がした。
「隠れるか」と一等運転士《チイフ・メイト》が言った。弾機《ばね》のように為吉は其の胸へ噛り付いた。声が出なかった。
「宜《よ
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