ウェー》船を降りまい、其の内に二つ三つ船を換える間に国籍も解らなくなるに違いない。末子《ばっし》で独身のボヘミアンの彼は日本という海図上の一列島に何らの執着をも感じ得なかった。十一|浬四分一《ノット・クオタア》の汽力《スチイム》で船は土佐沖に差掛っているらしかった。十八度位のがぶり[#「がぶり」に傍点]で硝子窓《ボウルト》に浪の飛沫《しぶき》が夜眼《よめ》にも白く砕けて見えた。低い機関の廻転が子守唄のように彼の耳に通った。為吉の坂本新太郎は暫らくしてすやすや[#「すやすや」に傍点]と鼾《いびき》を掻き始めた。
何時間寝たか解らない。
為吉が眼を覚ました時は、暴風《しけ》も凪ぎ、夜も明けかかって、船は港内に錨を下していた。唐津《からつ》港あたりに颱風を避難したのだろうと思い乍ら窓から覗いた彼の鼻先に、朝靄を衝いて聳《そび》えていたのは川崎造船の煙突であった。
「神戸だ! 暴風《あれ》で引返したんだ!」
が、六千|噸《トン》もある船が晴雨計《バロメイタア》の針が逆立ちしようと出港地へ帰航するようなことのないのは海で育った彼が先刻承知の筈だった。
一等運転士《チイフ・メイト》と水夫長
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