専《もっぱ》らの噂であった。
「道理で」と助五郎は考える。「普請こそ小せえが、木口《こぐち》と言い道具と言い――何のこたあねぇ、鴻《こう》の池《いけ》又七とでも言いたげな、ふうん、こいつぁちっと臭ぇわい」
ふとおろくと話す男の声が、茶の間の方から助五郎の鼓膜へ響いて来た。又七はつくねんと蒲団の上に腕組みしている。助五郎は耳をすました。
「ええ、もう大分好いんでござんすけど――」と答えているのはおろくの声、男は見舞いに来たものらしい。
「へっへ、それゃ何よりの恐悦で」と、頭でも叩くらしい扇子の音。つづいて、
「でもね、お師匠さんの竹《ちく》が暫らく聞かれねぇかと思うと、へっへ、あっしやこれで食も通りませんのさ、いや、本心。へっへっへ」
「まあ、望月《もちづき》さんのお上手なことったら」
「いや、本心でげす。何しろ、久し振りで此方《こちら》の師匠が雛段《ひなだん》へ据ったのが、あれが、こうっと――四日前の大|浚《さら》えでげしたから、未だ耳の底に残っていやすよ。へっへっへ、和泉屋《いずみや》の若旦那も、あれでまあ何《ど》うやらこうやら名取りになったようなわけで、まずあの人が肩を入れたから
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