し出した。
が、すでに若造の口から引き出して来たこと以外、そこには何らの新しい事実もなかった。下谷《したや》七軒町《しちけんちょう》の親戚の法事へ行った帰り、この先きの四つ角へ差しかかると、自働電話の傍に立っていた男が突然|躍《おど》り掛《かか》って来て、はっ[#「はっ」に傍点]と思う間に自分の身体は、板を跳ね返して溝へ落ち込んでいた。と同時に、狼籍者《ろうぜきもの》は雲を霞と逃げ失せて、肋と頤へ怪我をした又七は、ようよう溝から這い出して、折柄通りかかったあの若造に助けられて自宅《うち》へ帰り着いたというのである。
弟子や近所の手前は急病ということにして置いて、又七はそれからずうっ[#「ずうっ」に傍点]と床に就いている。傷は大したことはないがその時受けた驚きとあとから体熱が出たのとで、見るから衰えているようだった。一歩も人に譲らない体《てい》の人物だけに、この出来事が彼の自負心に及ぼしたところは大きかったとみえて、てん[#「てん」に傍点]で何処の何者の仕業とも判らないのが実に残念で耐《たま》らないと彼は幾度も口に出した。けれども直ぐその後から、
「痩せても枯れても笛の又七でございま
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