如何《いかが》ですい?」
「おろく」襖の彼方から又七の嗄れ声がした。
「何誰《どなた》だえ?」
「あの、警察の――」とおろくが言いかけるのを、
「者でがす」と引き取って、
「お眼にかかってお見舞《みめ》えしやしょう」
ずい[#「ずい」に傍点]と上り込むとがらり[#「がらり」に傍点]境いの唐紙《からかみ》を開けて、
「ま、師匠、その儘《まま》で、そのままで」
笛の名人豊住又七は麻の夜具から頭だけ出して、面映《おもは》ゆそうにちょっと会釈した。あの晩から熱が出たと言って、枕もとにはオポピリンの入った湯呑茶碗なぞが置いてあった。肝腎《かんじん》の咽喉を痛めているので、笛の稽古は休んでいるとのことだったが、それでも秘蔵の名笛が古代錦の袋に包まれて手近く飾られてあるのが、いかにもその道の巧者らしく、助五郎にさえ何となく床しく感じられた。
事件の性質が稚気を帯びているのと、何しろ「乗物町さん」の名前に関することなので、はじめのうちは又七も苦り切っているばかりで容易に口を開こうとはしなかったが、次第に由《よ》っては握り潰さないものでもないという助五郎の言葉に釣られて、やがてその夜のことを逐一話
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