五郎へ煙草盆を斜めに押しやる。
「いや、もう、お構いなく」と助五郎は一服つけて、「おや、今日は稽古は?」
と、初めて気が付いたように六畳の茶の間を見廻す。権現《ごんげん》様と猿田彦《さるたひこ》を祭った神棚の真下に風呂敷を掛けて積んである弟子達の付届《つけとど》けの中から、上物の白|羽二重《はぶたえ》が覗いているのが何となく助五郎の眼に留まった。おろくは少し狼狽《あわ》て気味に、
「旦那さんは何ぞ御用の筋があんなすって、どこぞへのお戻りでもござんすか」
と話の向きを変えようとする。
「なあにね」助五郎は笑った。「ついそこのお稲荷さんまでお詣りに来やしたよ。あんまり御無沙汰するてえと、何時こちとらも溝水を呑まされねえもんでもねえから」
「あら、旦那――」おろくはちょっと奥へ眼を遣った。
「お内儀《ないぎ》、とんだ災難だったのう」
「あの、もう御存じ――」
「商売商売、蛇の道ゃ蛇さ」と、助五郎は洋銀の延べを器用に廻しながら「人気稼業の芸人衆だ。なあ、誰しも嫌な口の端あ御免だからのう、お前さんがひた隠しなさろうてなぁもっともだけれど、眷属さまにしちゃちっと仕事が荒っぽいぜ。時に、御病人は
前へ
次へ
全19ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧 逸馬 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング