の化物が、大かたこっちへ移《す》みかえたものじゃろうて」
「違えねえ」
坊主頭は大きく頷首《うなず》いた。湯水の音が一《ひ》としきり話しを消す。助五郎は軽石を探すような様子をしてふい[#「ふい」に傍点]と立ち上った。二人の遣り取りが続く。
「宵の口に町を歩いてる人間が、いきなり取って投げられるなんて――」
「まず妖怪変化《ようかいへんげ》の業《わざ》じゃろうな」
「なにさ、それが厄《やく》でさあ。もっとも、相手は確かに人間さまだったってますがね、さて、そいつが何処《どこ》のどいつだか皆目判らねえてんでげすから、世話ぁねえ」
「師匠は何かい、身に恨みでも受ける覚えがあるのかえ?」
老人はこう言いながら湯槽へ沈んだ。
「お熱かござんせんか」と若造が訊いた。つづいて背後の破目板の銓を捻った。そして、
「なにしろ、これだからね」
と両の拳を鼻さきへ積んで見せた。
二三人這入って来た。湯を打つ水音に呑まれて、二人の声はもう助五郎の耳へは入らなかった。
助五郎も聞こうとはしなかった。自暴《やけ》のように陸湯《おかゆ》を浴びた彼は、眼をぎょろり[#「ぎょろり」に傍点]と光らせたまま板の間へ
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