ていた。ただ濛々《もうもう》と湯気の罩《こ》めた湯槽《ゆぶね》に腰かけて坊主頭の若造と白髪の老人とが、何かしきりに饒舌《しゃべ》りあっている。
「それで何かえ」と老人は湯をじゃぶじゃぶいわせながら、「豊住《とよずみ》さんの傷は大きいのかえ?」
「投げられた拍子に石ころで肋《あばら》を打ちやしてね、おまけに溝板《どぶいた》を蹴上げて頤《あご》を叩いたもんでげすから、今見舞いに寄ってみたら、あの気丈なお師匠さんが蒲団をかぶってうんうん唸ってやしたよ。通り魔だか何だか知らねえけど、隠居の前だが、はずみ[#「はずみ」に傍点]ってものあ怖えもんさ。師匠も今年ゃ丁度だからなあに、あれで落したってわけでげしょう、なんてね、あっしぁお内儀に気休みを言って来ましたのさ」
「四二《やく》かい?」
「お手の筋でさあ。だがね、東京の真ん中でせえこう物騒な世の中になっちゃあ、大きな声じゃ言われもしねえが、ねえ、ご隠居、現内閣ももうあんまり長えこたあるめえと、こうあっしゃ白眼《にら》みますよ。いえ、まったく」
「国乱れて乱臣出ず、なかと言うてな」と老人は妙な古言を一つ引いてから、「箱根《はこね》から彼方《むこう》
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