じ」に傍点]した。
「ああ、これから美倉《みくら》へ出て――」
「へえ、美倉橋を渡りますだ」
と言いながらさては浅草の和泉屋かと、助五郎は釣り出しを掛けて置いて後を待った。望月は好い気で、「橋を右へ折れて蔵前《くらまえ》か、へっへっへ」
蔵前の和泉屋、すると、あの質屋看板の物持和泉屋に相違ないが、そこの道楽息子が最近長唄の名取りになったところで、それが杵屋《きねや》であろうと岡安《おかやす》であろうと、別に天下の助五郎の興味を惹くだけの問題でもなかった。
決して物盗りではなく、又単なる力試しでもないことは大勢の通行人の中から又七だけを選んだことで充分解るとしても、要するにこれは芸人仲間の紛糾《いざこざ》から根を引いての意趣晴しに過ぎないかも知れない。若《も》しそうとすれば、わざわざ出て来た助五郎は、正にとんだ見込み外れをしたわけで、ここらであっさり手を離した方が案外利口な遣り方でもあろう――が、ともすれば、瓢箪《ひょうたん》から鯰《なまず》の出度《でた》がる世の中である。それに、ここまで来て手ぶらであばよ[#「あばよ」に傍点]は助五郎の世話役趣味がどうしても許さなかった。何よりも
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