から届きやしたのう」
おろくは格子戸の方へ眼をやって、取って付けたように叫んだ。
「あれ、また俥屋《くるまや》の黒猫《くろ》が! しいっ!」
「はっはっは」笑い声を残して助五郎はぶらりと戸外へ出た。「ははは、何もああまで誤魔化そうとするにも当るめぇに」
四
「望月の旦那ぇ」
「へぇ――おや、お見それ申しやして、へっへ、何誰《どなた》さまでげしたかな」
「いや、年は老《と》り度《た》くねえだよ。俺はそれ、和泉屋の――」
「おっと、皆迄言わせやせん。あ、そうそう、和泉屋さんの男衆|久《きゅう》さん――へっへ」
「その久さんでごぜえますだ」洗い晒した浴衣の襟を掻き合わせながら、又七の門を出た助五郎は足早やに下方の望月に追い着いて、
「家元さん、そこまでお供致しますべえ」
眼でも悪いのか、しょぼしょぼ[#「しょぼしょぼ」に傍点]した目蓋を忙《せわ》しなく顫《ふる》わせながら、小鼓《つづみ》の望月は二三歩先に立って道を拾う。
「お店へはこの方が近道かね?」
相手を出入り先の下男とばかり思い込んで、望月は言葉遣いさえも一段下げる。
「へえ」助五郎は朴訥らしくもじもじ[#「もじも
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