前日停車場の帰りに、弟のバアトン・マッキンネルの渡した五弗のほか、金を持っていないらしいという見込みは外れないところだが、万一を慮《おもんぱか》って、凡ゆる停車場、桟橋、飛行機発着場、バスの停車場、タクシの溜り、それらに厳重に見張りが立って、完全に飛ぶ機会を押えている。
墨西哥国境へも手配が飛んで、徒歩で国境を破る警戒に備える。加州の犯罪者は、よく山伝いにメキシコへ逃げ込むからだ。殊にこのルウス・ジュッドは、かなり流暢に西班牙語を話すという。米墨の国境が臭いとは、捜査課員の頭にぴんと来た。同時に、ありとあらゆる発表機関を挙げて、この「女虎」の逮捕に協力せんことを一般民衆に依頼する。新聞紙は勿論、目抜きの通りのスカイサイン、ラジオ、それらはルウス・ジュッドの名で充満している。国道伝いに羅府に出入する自動車の凡べてに厳命が下って、途中歩いている女を認めたり、また、女で、乗車を乞うたりする者があったら、すぐ最寄の警察へ届出るようにというのだ。十七人の若い女が、南加州の各地で、ルウス・ジュッドに似ていると言うので逮捕され、身許保証がはっきりするまで留置されるという騒ぎ――何時ものことながら、亜米利加式にじゃんじゃん騒いだ光景が思いやられる。
例によって警察は、悪戯《いたずら》や善意の投書で、まるで洪水のように悩まされたものだ。市内到るところから「好意ある市民」の電話が掛って来て、いま、ルウス・ジュッドと思われる婦人が家の前を歩いているだの、停留所で電車を待っているとのこと――まるで一個のルウス・ジュッドが同時に何箇処にも現れている有様で、警察は少からず困らせられた。が、出鱈目の中に一つの真実が混っていないとも限らない。間違いと知りつつ、その一つ一つを究極まで手繰って行く努力など、警察も斯うなると大抵ではない。
その夜七時、アリゾナ州フォニックス市から、地方検事ロイド・アンドリウス、捜査課長ジョン・L・ブリンカホフ、刑事ハアレイ・ジョンスンの一行が、飛行機で来着した。すぐテイラア課長、ダヴィッドスン捜査係長とともに、署楼上の捜査会議に参加する。
フォニックス市でも大騒ぎをしていると言うのだ。二人の犠牲者も、加害者のルウス・ジュッドも、人口四万五千のフォニックス市で、仲なか顔の売れている連中なのだ。医師の妻が友達の女を二人も殺して、そのうち一箇の屍体は、滅茶滅茶に暴虐を
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