四月頃のことで、二人は、フォニックス市北二丁目の小さなバンガロウにいました。ちょっとアパアトメントのようになっている建物で、二家族住めるように出来ているのです。サミイの肺はまだほんとでなく、時どき悲観的な口調を洩らすというので、ルロイ夫人もルウスも非常に心配して、医者の私に慰めて、力づけて呉れるようにと、始終頼んだものでした。それから一と月程して、その家のほかの部屋にいた、もう一組の家族が何処かへ移ったので、ルウスがあまり熱心に言うものですから、私達夫婦は、其処へ移ったのでした。で、四人一軒の家に住むことになったわけで、自然、朝夕よく顔が合いましたが、ルウスはほんとにこの二人の女に夢中で、あんな好い人達はないなどと、始終口癖のように言っていました」
このジュッド医師は、ずっと会社の嘱託医を専門にして来た関係上、関係している保険会社の依頼などで、よく長い間、家を明けて、他の地方へ出張しなければならないことがあった。丁度その頃、アリゾナ州ビスビイ町に新しい鉱山事業が起って、その従業員の身体検査やなどを依頼されたために、ジュッド氏はまた長期に亙って、家を留守にしなければならなくなった。それが、この八月八日のことで、それ以来、各地を転々して、ジュッドは、その八月初旬から妻に会わずにいるのだ。現在はビスビイの方の仕事は済んで、半ば休養を兼ねて、サンタ・モニカの妹の処へ来ているというのである。が、今日明日にもフォニックス市へ帰る積りであった。
「私は大戦に出征して負傷したのです」
ジュッド医師は言う。
「それから身体が弱くなって、時どき休まなければなりません。そのために開業することは出来ず、生活もあまり楽でないので、そのために家内も前に言ったようにグルノウ療養院に勤めたりしたのでした。そこで伝染したのではないかと思うんですが、家内も肺結核の気味があるんです。私がアリゾナを出て来る頃は、病勢はちょっと進みかけて、次第に依っては、この加州パサデナの肺療養院へ呼び寄せようかと思ったことがあった位いです。が、その後快くなって、元気にやっているようでした。アリゾナは空気が好いので、彼女の健康のためにも、私はずっとあの町に住んでいたのです」
このルウス・ジュッド夫人も、看護婦上りなのだ。ジュッド医師が、インディアナ州エヴァンスヴィルの州立精神病院に勤務中、そこで逢ったのだということだ
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