医師は、前後もなく混乱して、続けた。
「サミュエルスンさんや、ルロイ夫人と喧嘩したなどという事も、私はちっとも知りませんでした。サミイとルウスと、ルロイ夫人と、この三人は、極く仲の好い友達だったんです。私のところへ来るルウスの手紙には始終『サミイとアン』と二人のことが書いてあって、何時も親しそうな筆振りでした。只、十日程前に受取った手紙に、何ですか余り感心出来ない男が、この頃盛んに二人の家に出入りして、酒を持って来たり、サミイとアンを遊びに連れ出したりしているが、自分はどうも心配でならない、何とかして二人の為めに其の男を遠ざけ度いものだが――というような事が書いてありましたが、私は別に気に留めませんでした。サミイもアンも、決して、別に酒飲みというわけではなく、ただ時どき薬用の意味でジン酒を舐める位いのもので、これは、まあ婦人でもよくやることですから――兎に角、何んな形ででも、妻とサミイとルロイ夫人と、三人を取り巻いて、真剣な問題が起っていようとは、私は夢にも思わなかったのです」
 しかし、此のジュッド医師の話しを聴いていると、何となく、追いおい事件の輪廓が判然《はっきり》して来るのである。

      3

「奥さんがその二人の女に会ったのは何時のことで、一体何ういう関係なんです」
 ダヴィッドスン係長が訊くと、ジュッド医師は、熱心に椅子を進めて、
「この二月頃だったと思います。家内がグルノウ療養院に、ちょっと手助けに行っていて、其処に働いていたアン・ルロイ夫人に逢ったわけなんです。アンはX光線専門の助手で、家内は頼まれて、私と親交のある同療養院の院長ルイス・ボウルドウイン博士と、副院長ヘルトン・マッコウエン博士と二人の秘書格として、勤めていたのです。このアン・ルロイ夫人を通して、家内はサミュエルスン――サミイという通り名で呼ばれて一同の人気者でしたが――に逢ったのでした。少し肺が悪るくて、グルノウ療養院に入院していたのですが、もう其の頃は大分快くなりかけて、陽気な性質なので、盛んに廊下を跳び歩いては、病院内の愛嬌者だったといいます。このサミイとアン・ルロイ夫人は、まあ、看護婦と患者の関係から這入って、非常に仲よくなり、サミイが退院すると、二人で一軒の家を借りて住み始めました。私も家内と一緒にその家へ遊びに行って、夜四人でブリッジなどしたこともあります。それはこの
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