とだが、月明の肉桂園《シナモン・ガーデン》で散策中の英吉利奥様《イギリスミセス》を強姦《ごうかん》し、邪魔《シヴァ》の力を借りて一晩じゅう彼女を破壊しつくし、その死体を馬来籐《マライ・ラタン》の大型籠椅子《バスケット・チェア》へしっくり[#「しっくり」に傍点]と編み込んで、それを車にいや、住まいに、いま楽しく、こうしてマカラム街付近を乗りまわすことができるのではないか。
じっさい、ヤトラカン・サミ博士の椅子のなかでは、いつか行方不明になった何代目かの総督夫人《レディ・カヴァナ》が、じっと腰を落とし、股《また》をひろげ、膝《ひざ》を張り、上半身をややうしろへ反り、両腕を伸ばして、忠実に、じつに忠実に、あれからずうっと[#「ずうっと」に傍点]博士の体重と思想と生活の全部を、背後から支持しているのだ。
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作者は、一九二九年の五月九日、せいろん島コロンボ市マカラム街の珈琲《コーヒー》店キャフェ・バンダラウェラの歩道の一卓で妻とともに生薑《しょうが》水をすすりながら、焼けつくような日光のなかに踊る四囲の印度《インド》的街景に眼を配っていた。そこへ、車のついた椅子に乗った、
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