は、あうるや学派に属し、印度《インド》正教を信奉する多美児《タミル》族、エルカラ閥の誠忠な一人だった。で、博士は、ズボンと上衣に分離している英吉利《イギリス》旦那の服装を、あくまでも否定していた。これは、博士ばかりではない。このとき、本土のカルカッタでは、盟友マハトマ・ガンジ君が洋服排斥の示威運動を指揮し、手に入る限りの洋服を集めて街上に山を築き、それを焚火《たきび》して大喚声をあげたために、金六|片《ペンス》の科料に処せられているではないか。それなのに、ヤトラカン・サミ博士が、この服装《なり》でマカラム街の珈琲《コーヒー》店キャフェ・バンダラウェラの前などへ椅子を進めると、同じタミル族のくせにすっかり英吉利《イギリス》旦那に荒らされ切っている女給どもが、奴隷湖の見える暗い土間の奥から走り出てきて、まるで犬を追うように大声するのである。
「また来た」
「どこに」
「あすこ」
「あら! ほんと」
 ヤトラカン・サミ博士は、これを悲しいと思った。
 博士が、いぎりす奥様《ミセス》をはじめ白い女客に、手相にまぎれて猛悪な性談をささやくことが|大好き《ハピイ》なのは、ことによると、この同胞の女
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