も、どこへでも出かけて行った。椅子の背中には、鍋《なべ》、マッチ、米の袋、罐入《かんい》りのカレー粉などが、神式の供え物かなんぞのように、いつも大げさに揺れていた。これらが、そして、これらだけが、博士の生活必需品の全部だった。煙草《たばこ》は、いぎりす旦那の吸いがらを路上で拾ってのんだし、夜は、肉桂園《シナモン・ガーデン》へ移動椅子を乗り入れて、椅子の上に円く膝《ひざ》を抱いて、星と会話し、草や風と快談して毎朝を迎えた。ヤトラカン・サミ博士は、屋根のある一定の住まいを拒絶していたのだ。そこで、太陽といっしょに椅子のうえで眼をさますと、博士はまず、アヌラダプラの月明石階段の破片である、その一個の月明石《ムーン・ストン》の首掛けへ一日の祈念を凝らし、それから、長い時間を費やして、丹念《たんねん》に鼻眼鏡をみがく。言い忘れていたが、博士は、これも、ひとりの英吉利《イギリス》旦那からの拝領物であるところの、硝子《たま》の欠けた鼻眼鏡をかけているのである。それが、博士の性格的な風貌《ふうぼう》と相まって、博士の達識ぶりを、いちだんと引き立たせて見せていた。
言うまでもなく、ヤトラカン・サミ博士
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