乞食《うらないこじき》に紛らわしい風体《いでたち》でもう、何年となく、せいろん島コロンボ市の、ことにマカラム街の珈琲《コーヒー》店キャフェ・バンダラウェラのあたりを、一日いっぱいうろ[#「うろ」に傍点]ついて、街上に、白い旅客たちの旦那《マスター》と奥様《ミセス》たちを奇襲して、その手相を明らかにあらわれていると称して、ひどく猥褻《わいせつ》なことを、たとえばあの、Kama Sutra や Ananga Ranga にでてくるような、閨技《けいぎ》の秘奥《ひおう》や交合の姿態などを細密に説いて、旦那《マスター》がたをよろこばせ、若い夫人たちの顔を赫《あか》くするのを、半公認の稼業《かぎょう》にしているのだった。だから、一般の市民《パアジャア》の眼には、博士は、りっぱな「狂気《きちがい》の老乞食」に相違なかった。が、きちがいでも、乞食でも、これが博士の興味の全部であり、生き甲斐《がい》を感ずるすべてであり、そうして、不本意ながら食物のために必要な零細な印度銀《ルピイ》を得る唯一の道だったので、博士としては、じつに愉快な、満足以上に満足な仕事だったろう。なかでも、白い美婦人の手をとって彼女
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