園などで、時おり、足の悪い、あるいは全然脚のない廃兵が、嬉々《きき》として乗りまわしているのを見かけることのある、一種の locomotive chair だった。椅子の脚に、前後左右に回転する小さな車輪がついていて、そして、ちょうどその安楽椅子の両腕の位置に、すこし前寄りに、まるで自動車のブレーキのような棒が二本下から生えている。で、座者は櫓《ろ》を漕《こ》ぐように交互にこの棒を動かして、自在にその椅子車を運転することができるのだった。
いま、ヤトラカン・サミ博士は、非常な能率さで博士の移動椅子を移動して、日本人たちのテーブルへ滑ってきている。が男の日本人は、旅行ずれのしている不愛想な表情で、博士と博士の椅子をいっしょに無視した。
そして彼は、ジャマイカの生薑《しょうが》水の上に広げたコロンボ発行の|せいろん独立新聞《ゼ・セイロン・インデペンデント》――一九二九・五・九・木曜日という、その日の日付のある――を、わざとがさがさ[#「がさがさ」に傍点]させて、急いで、活字のあとを追いはじめた。
これは、脚のわるい印度乞食《インドこじき》だろう。
だれが、くそ、こんなやつの相手にな
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