れから、すこし離れて、横眼で日本人を観察しているヤトラカン・サミ博士と、博士の椅子《いす》。

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 とうとう、好奇心の誘惑が、ヤトラカン・サミ博士を負かした。
 この黄色い人種は、いったいどんな口を利くだろう?――こういう興味がさっきから、好学の老博士を、しっかり把握《はあく》していたのだ。博士は、白い旅客に話しかける時のように、こっちからこの日本人に言語を注射して、その反応を見ることによって試験してやろうと決意した。
 日本人は、松葉のように細い、鈍い白眼で、博士と博士の椅子《いす》を凝視していた。それは、何ごとにかけても十分理解力のあることを示している、妙に誇りの高い眼だった。博士はふと[#「ふと」に傍点]、まるで挑戦《チャレンジ》されているような不快さを感じて、急に、その、腰かけている大型椅子の左右の肘掛《アーム》のところで、二本の鉄棒を動かしはじめた。椅子の下で、小さな車が、軋《きし》んで鳴った。ヤトラカン・サミ博士は、歩道の上を、椅子ごとすうっ[#「すうっ」に傍点]と日本人のそばへ流れ寄った。
 ヤトラカン・サミ博士の椅子は、あの、欧州戦争に参加した国々の公
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