は凹《くぼ》み頬はこけて、まるで別人のようになった。彼は、一日《ついたち》の朝オフィスへ着て出た服のまま、昼夜ネクタイも取らずに吉報《きっぽう》を待って電話の傍《かたわ》らに立ちつくした。しかしそれでもロス氏の頭の隅には、まだまだ一|縷《る》の望みが宿っていた。というより、チャアリイの無事と早晩の帰宅を無条件に信じて、彼は疑わなかったのだ。こうはっきり[#「はっきり」に傍点]と、これが誘拐《ゆうかい》者の仕業《しわざ》とわかってみれば、相手の真の目的が金銭にあることはいうまでもない。そんなら、その金さえ出し惜しまない以上、なにも騒ぐことはない、動ずる必要はないわけである。金で話のつくことならおおいに御《ぎょ》しやすい。ロス氏はこう考えた。そしてそれまでは、大事な玉《スタフ》だから、先方もチャアリイに害を加えるようなことはあるまい。せっかくの子供《たま》を殺してしまったりしては、もとも子もないからである。で、いまさしあたって愛児の身に危険が迫っていようとは想像されないと自分に言い聞かせて、ロス氏は、この、安心できない安心に、無理にも縋《すが》らなければならなかった。
 いずれそのうちに誘
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