アリイを乗せたまま、遠い一本道を鞭《むち》音高く馬車は消えてしまった。兄弟はこうして別れたのだ。
 事件の性質は一変した。もう、富豪の迷児《まいご》を見つけてお礼にありつこうなんかという暢気《のんき》なものではない。新しい命令が全市へ飛んで、警官はいっせいに緊張した。あわただしい電話と電報が深夜の空気をゆるがせて、即刻フィラデルフィアの外輪六十マイルにわたって警戒網が敷かれた。誘拐《ゆうかい》の前科者へはすべて動静を窺《うかが》うべく刑事が付けられた。普段から白眼《にら》んでいる市内外の|悪の巣窟《ロウクス・ネスト》へは猶予《ゆうよ》なく警官隊が踏み込んだ。が、この、七月一日の夜中から翌二日、三日とかけて総動員で活躍したその筋の努力は、なんら報《むく》いられなかった。問題の馬車に乗っていた二人の男も、チャアリイも、まるで大地にでも呑《の》まれたように、その片影すら見せないのである。
 こうなると、ロス氏としては、警察と神様を頼って祈るよりほか仕方がない。そのあいだのロス氏の気持は、じつに、自分の心臓を生きたまま食べるという形容のとおりだった。ゴルフで鍛えたロス氏が、一睡もしないために眼
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