からんものと、正直なもので、数百の警官がまるで宝探しでもするように、この、金儲けになる福の神みたいな子供の行方《ゆくえ》を眼の色を変えてさがしまわった。変な話だが、この種の金銭の授受は、アメリカでは当然の謝礼と目《もく》されていて、だすほうも貰う方も格別やましくない。こんなわけで公務に個人的利益の熱意が加わって、そのため意外に能率があがるのかもしれないが、ここらは、日本とはおおいに違う。日本では、大金を出して勲章を買ったり、売って儲けたりする代議士や大官はあっても、個人の謝志を些少《さしょう》なりとも黄白《こうはく》の形でポケットする警官はあるまい。また、あっては大変だ。が、これは余談。
 そのうちに時間がたって、九時、十時、十一時――しかし、それでもまだ、警官はじめロス氏自身も、心配は心配として、この事件をそれほど運命的に重大な性質のものとは夢にも考えていなかった。ウォルタアとチャアリイは帰路を失って迷児《まいご》になったもの、早晩どこかの横町《よこちょう》ででも発見されて、安全に伴《つ》れ戻されることだろう。ロス氏はこう簡単に解釈して、不安のなかにも、心の底では絶えず楽観しきってい
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