喉笛《のどぶえ》をにぎっている校長が高飛車に申し渡し、――というのは――と一言註釈をつける――これは私の権限に属することでありまして私としては日常平素、諸君から受ける種々なる特質と、それぞれの学級の特質とを充分慎重に考慮研究した上の決定であります。――学問をしたい、そうしたならばと一図《いちず》に思い詰めた少年の杉本がいた、官費の師範学校でさえも[#「さえも」に傍点](彼はそのさえも[#「さえも」に傍点]に力を入れて考える)知人の好意に泣き縋《すが》らねばならぬ家庭であった。喘息病《ぜんそくや》みの父親と二人の小さな妹、それらの生活が母親だけにかかっていた。仕事といわれるかどうか知らないが、母親は早朝からのふき豆売り、そして夕方はうどんの玉を商《あきな》った。手拭をかぶった小柄の女が、汚れた手車をひき、鈴をならして露地から露地に消えて行く。――そんな家に大きくなった杉本は、時たまの弁当に有頂天《うちょうてん》のよろこびを語るこの子供が、ひりひりと胸にひびいてきた。今になって杉本は、この低能組の受持に恰好した自分を発見した。すると発育不全の富次が自分の肉体の一部分みたいにいとおしくなり、
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