濡れた着物のままぐいと脇の下にひきよせて二階三階と駈けあがるのであった。

     二

 月曜朝の第一時間目には、どの教室にもいちように修身科がおかれていた。びっしり詰った十三坪何|勺《しゃく》かの四角な教室からは、たからかな教育勅語の斉唱が廊下に溢れでた。躾《しつけ》のいい組と言われている子供たちの声が、いたって単調なリズムを刻みながらそれを繰りかえした――
 しかし、三階のとっつきにある杉本の教室は盲《めくら》めっぽうな騒音に湧きかえっていた。彼らは教師が現われてもいっこう平気であった。机の上では箒《ほうき》を構えた小さな剣士が、さあ来いと眼玉をむき、大河内伝次郎だぞ、さあさあさあ、と八方を睨みまわした。「やい手前、斬られたのにどうして死なねえんだ」と机の上の大河内は足をふみ鳴らしていきなり下にいる子供を殴りつけた。「痛えッ!」「痛かったら死ね、死んだ真似《まね》でもしろ」「何にいッ」と捕手《とりて》が机の上に跳ねあがって大河内を追っかけはじめた。塗板の下に集まった一かたまりは、べい[#「べい」に傍点]独楽《ごま》一つのために殴り合いをはじめ、塗板拭きがけしとばされると同時に、
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