そう言って例の使丁は銜《くわ》えた煙管《きせる》を取ろうともしなかった。「わしらあこうしていても手は塞《ふさ》がっているんだ、区役所から校長さんのお客様が見えられるはずだし……」
「そうかい、じゃ僕が片づけよう」
 杉本は塵取に灰を掬《すく》い、雑巾とばけつをさげて小使室から三階にあがるのであった。
 子供たちは、汚れない机を片づけてしまった。白墨で大きな輪を描いていた。その輪の中心に不覚にも洩らしてしまった柏原富次が、先刻のままじっと腰かけていた。
「今日はこれでおしまいだ、帰りたいものはしずかに帰んなよ」
 だが教師のその言葉に一人として動きだすものはなかった。子供たちは土俵のような円い白墨の輪を取り囲んで、床の上に蹲っていた。行儀よく片唾《かたず》をのんで、仲間の不幸をいたむように口も利かずに坐っていた。
 杉本は富次の身体を腰から立たしてやった。「腹をこわしてたんだなあ――さあ、とにかくその着物を脱《ぬ》いで……どら、こっちに来な、あんまり大食いをした罰かな?」
「ちがうよ――」柏原は動かされるままになりながら、一言否定するのであった。「あたいはしんさい[#「しんさい」に傍点]
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