であった。子供たちはそうすることがなぜか嬉しいのだ。しかし教員は反対にますます陰気な顔をしてこの騒ぎを看《み》ていた。朝っぱらから疲れきったように、ズボンのポケットに両手をつっ張ってぽかんとしていた。駈けこんできた子供はそれにぶっつかって、はっとする、そしてそこからきゅうにとりすまし白い壁の教室にのろのろはいって行くのであった。
この建物の直接的な管理は、いかに義務教育を効果あらしめたか――という責任とともに、すべて月俸二百円なりのそこの校長の肩にかかっていた。師範学校を出ただけの彼が長い年月かかって捷《か》ちえたこの地位は、彼の白髪をうすくし、つねに後手を組まなければ腕が曲って見える危険さえ伴う、それほどの努力の結果であった。それを思うと彼は肩が凝《こ》り荷が重いのである。だが彼もまた最後の望みにこの帝都有数の校長として、せめては最高俸二百四十円なりに辿《たど》りつきたい、それには何をさて措《お》いても――と彼は頭をふりふり考えるのであった――まず第一に校舎を清浄に生命のある限り保たねばならぬ。市会議員はいうまでもなく、教育畑の視学でさえ最初に気づくのはこの校舎である、そしてあとで
前へ
次へ
全56ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
本庄 陸男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング