いて月島の方角に面した金網では、じだんだふんでいる子供が今だとばかり懸命に説明するのだった。「あたいん家の父《ちゃん》は、あのでかい工場だ、よう――お――いみんな来てみろ――な、煙《けむ》がまっ黒けに出てやがらあ。へん、あたいん家の父はえれえもんだ、毎日あの工場で働いてらあ……」
その工場の黒煙だけは、たくましく京橋方面の濁った空気にとけこんでいた。都会の屋並をなでる煙は河の向う側から逆にこちらになびいていた。隅田川がその間に白々と潮を孕《はら》んでくねっていた。「寒くなってきたからもう帰ろうよ」と杉本は子供たちの顔を見わたした。ひと塊の――家にかえってもさっぱりおもしろくない子供たちは、その声にぎょっとしてまた顔を曇らせた。
「先生ももう帰えるか?」と一人が訊いた。
「わ――あい、先生え、たすけてくれえ?」そう悲鳴をあげて、元木武夫がその時屋上に駈けあがってきたのであった。彼は、びっくりして飛びすさった子供の隙間をまったく一またぎに跳ねこえて、わっと教師の胴っ腹にしがみついた。だらしのない日ごろの唇が今は両方にきりっと引き緊り蒼ざめた頬がぴくぴくひきつっていた。せわしく肩を上下させ
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