ると網の目から、帰らねばならぬ自分の家が見える。汚れた場末の黒く汚れた屋根の下に自分の家を考えていよいよ不機嫌になるのだった。それが彼らに幸福かどうかは判らないが、杉本は一刻でも多く子供だけの世界に彼らを引き止めようとする――
「阿部、阿部――」ひょうきんな、さい槌頭《づちあたま》の阿部が「何でえ――」と答えながら教師の方へふりかえる、「お前の家はどこにあるんだ?」
「あたいん家《ち》か? あたいん家はねえ」と阿部は少しでも高くなって展望をきかせたいと思い、金網に縋《すが》ってこうもりのようにぶら吊《さが》った。「ほら、あそこに、ほら白い屋根が見えんだろう、そいから深川八幡様だ、あそことあそこの間にあんだけえどなあ……」彼は何とかして適確にそれを示したいと伸びたり縮んだりしたが、結局どれもこれも同じ黒い屋根でいっしょくたになり、ちえっと舌打ちして「あんまり小っちゃくて見えねんだよ、先生!」
「先生――あたいん家を教えてやらあ」と次の子が造作なく調子に乗ってきた。「ほら、あっこに大《でか》い池があんだろ? あれが木場でよ、あの横にあんだが……鉄工場が邪魔になって、よく見《め》ねえや」つづ
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