! 忠の野郎はたとえ水を飲んでも学校さあげねばなんねえ、と、ね? よろしく頼みますで先生さま、ああ、えらく立派な人ばかし歩いてるが、こんな人はさぞや学があんでしょうなあ――先生様あ?」
ゴー・ストップに遮られた親爺は、淀んだ人混みの中であるのもかまわず、「ああ学さえあれば!」と絶望的にたからかな叫び声をあげ、めちゃくちゃに明滅しているネオンサインのあくどい光が、痩せた船頭の顔を異様に彩色するのであった。
四
不仕合《ふしあ》わせに育った子供の一人である塚原義夫を、ちっとばかり幸福にしてやるために――つまりは彼の特質である哀しい注意散漫を削ってやるための一つは、○・五しかない視力を近眼鏡で補ってやることであった。その子のためにこれくらいのことは当然だろう――と教師は決心しそれから父親宛に手紙を書くのである。「御子供さんの勉強が一段と進むことは、まったく火を見るよりも明らかなことで、義夫君も大よろこびをしていますから――」だがその日のうちに、その父親はおそろしく達者な巻舌で、湯気を立てながら我鳴りこんできた。
「べらぼうめえ、そんなお銭《あし》がころがってたらば、だなあ―
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