「交番ちものは――」と説明した。「あっしら風情には、つまり性に合わねえもんで」それでは永代橋から電車に乗ろうという杉本に今度は懇願した。「野郎も毎日歩いてるでがす、今日はひやく[#「ひやく」に傍点]も持ってねえから野郎も歩いたでがしょう。見落しちゃっちゃ可愛そうでがすからなあ」そして、橋という橋にさしかかると親爺の歩調はきゅうにのろくなり、そこえらの溝水に纜《もや》っている船を注意ぶかく覗きこむのであった。しばらくうろうろして、そこで影さえ見あたらぬのを知ると、親爺は得態の知れない都会の底にあがいている伜を思い描き、腹の底から溜息を絞った。銀座では人間の河が舗道を洗っていた。その人波に逆って行く二人はいつの間にかぴたり身体を寄せ合っていた。「先生さまあ――」と親爺は行き交う人間の顔に眼を光らせながら、なおも語りつづけた。「忠の野郎ははきはき勉学してますかね? はあ、今日様《こんにちさま》を生きるにゃあ学ほど大切なものはねえ、あっしもせめては発動機の運転手になりてえもんだと、そうっ――と、都合十六ぺんがとこは試験を受けやしたが、はっはっは……学がねえものはだめの皮よ。あっしゃ決心したんだ
前へ 次へ
全56ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
本庄 陸男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング