れぞれの家に辿《たど》り着くまでの責任はやっぱり教師にあるというのであった。しかし今日の責任は、いやがるその子供を日没まで引き止めていただけに、杉本はいても立ってもいられぬようにそわそわした。「先生さまあ――」とその父親はもう子供がなくなったように口説きつづけた。「あの野郎は親思いで今日まで一ぺんも心配かけたことはねえのに、はあ、今日という今日はどうしたことでしたか……」
 街はすっかり暮れていた。二人は肩を並べて歩いた。親父は行き交う子供の顔をいちいちのぞきこみながら、いなくなっては生き甲斐もないという大切な子供について、語り止まなかった。
「あっしらは船の商売で――だもんで、永代橋さ戻ってみたらば野郎の姿が見えねえ。はて、らんかん[#「らんかん」に傍点]の下にでも蹲《かが》んでるかと、あの長え橋を三べんとこ往復しやした。三時の約束でしたが、ああ、久しぶりに仕事にありついたばっかしに、ちっとばかり慾を出して、つまり天罰ちもんでしょうか?」浅野セメントから新大橋をわたり、船頭はも一度芝浦まで歩こうと言うのであった。「まず交番に届けておこうではないか?」という杉本を彼は手をふって否定し、
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