されている彼らは、これだけは自分の自由意志だと思いこんだものがぐわんと阻《はば》まれるその刹那に、想像できないほどの敵愾心《てきがいしん》を煽《あお》られるのであった。こんな平教員に舐《な》められるものかという風に使丁は明らかに冷笑を浮べて、「へへえ……これだよ杉本さん」と自分の首筋をたたいてみせた。「子供が紛失してお前さん、親爺さんが泣きこんできてらあ」
「なにいッ?」と杉本は棒立ちになった。
「お前さん子供がどうだっていいと言うならば、校長さんに話さにゃならんが……」
「いや――」と杉本は使丁を停め「俺が捜してみせる」と呶鳴った。そして小使室に駈けこんだが、彼は自分のその行動がきゅうに忌々《いまいま》しくなってそこから振りかえりざま声を荒くした。
「か、勝手にしろ」
 だが、小使室にしょんぼりしていた川上忠一の父親は、一ぺんに神経を取り戻して「先生さまあ――」と悲鳴をあげた。「あとにも先にもたった一人の伜でがして、なあ、先生さまあ……」
 彼はそう言って、胸に漲《みなぎ》っていた心痛のはけ口を杉本に向け、潮くさい身体をやたらに折り曲げるのであった。
 学校の門を出てからの子供が、そ
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